執筆者 まめこ2006年7月2日
大切な人
日記・コラム・つぶやき 記事
「人は生きてきたように死ぬ」
という言葉を聞いたことがあります。
どんな風に生きてきたかは、死んだときにわかる、
ともいえるのかもしれません。
つい先日、オットくんのおばあちゃんが亡くなりました。
以前、おばあちゃんを訪ねた時のことを少し書きました。
今思えば、ほんの短い会話の中にも、素朴で欲のない生き方が
貫かれていたように思います。
人に対する思いやりも。
「あんたにはね、特別これを教えとくからね」
そういって、徳利とお猪口が大事に仕舞われている
秘密の(まめこにはそう感じた)棚を教えてくれました。
そのときの嬉しかったことといったらありません。
けんちん餅、梅干し、煮物、涙が出るほど美味しかったなぁ。
まめこが作ったサラダを、上手だ上手だと言いながら
小食のおばあちゃんがペロリとたいらげてくれたなぁ。
あれはおばあちゃんの優しさに違いなかった。
お土産にくれる切り餅は、
ひとつひとつ丁寧に粉をまぶし、そのまま冷凍しても
くっつかないように手間をかけてくれたし、
おじいちゃんが作ったとうもろこしも、
茹でた後に手で実をほぐして、冷凍したものを分けてくれました。
おばあちゃんの腰は布団の中でも真っすぐにならないほど、
ひどく曲がっていたというのに。
一度として険しい表情を見たことがなかったと、
オットくんは言いました。
最期のお顔も穏やかなまま。
自分の部屋で床に就き、眠ったまま静かに亡くなったのだそうです。
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しばらくブログの更新がないから、忙しいのかな?何かあったのかな・・?と思っていたら、こんなことになっていたのね・・。
おばあちゃん、大往生だったんだね。おばあちゃんの穏やかな雰囲気と生き方が伝わってきたよ。自宅で息をひきとれる、というのは幸せなことなんだろうなぁ。と、最近思います。
ma-tanさん
うん。まめこが今まで出会った中で、最も幸福な死のカタチだったように思います。遺された人を悲しませないようにって、そんな想いがあったんじゃないかと、思ってしまうぐらい。