執筆者 まめこ2005年8月9日
想像も及ばないけれど
心と体 記事
ヒロシマに原爆が投下されて2日後、ナガサキにも再び原爆が落とされた。
60年前の今日のこと。それ以来、ナガサキは今のところ最後の被爆地だ。
昨年の秋、長崎を旅してその爪痕を目にした。
ぐにゃりと折れ曲がったガラスビン、
溶けて鎖も玉も見分けのつかないロザリオ、
人骨とガラスとがくっついて形を成さない灰色の塊り、
頭が吹き飛んだ聖者の像。
爆心地から500mにあった浦上天主堂は、
辛うじて石垣だけが残り、あとは跡形もない。
ただのっぺらとした原子野が広がるだけ。
戦後世代はただその風景を、その悲惨さ、無念さを想像するしかない。
想像なんて全く及ばない死の世界かもしれない。
でも、想像してみるしかない。真剣に。
自分だったら、自分の愛する人だったら、と。
どんな声が聞こえたろうか。どんな臭いが立ち込め、
どれほど暑く、渇き、どんな惨状が目に映ったろうか。涙は出ただろうか。
被災者は今なお、その残影を抱えて生きている。
どんな思いでこの60年を過ごさねばならなかったか。
私はたまたま戦後に生まれて、たまたま東北に生まれて
たまたま原爆を知らずに済んだだけなのに。
しかしでも、たまたま日本人に生まれて、たまたま昭和時代を生きて、
先日たまたま長崎を旅して、
たまたま戦後60年という節目を、たまたま日本で迎えている。
想像せずにはいられない。戦争のこと。いのちのこと。
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