執筆者 まめこ2005年11月6日
「犠牲(サクリファイス)」
書籍・雑誌 記事
今週はずーっと読書漬けであった。
ほぼ、一日一冊もしくは、二冊ペース。
こんな贅沢な毎日でほんとごめんなさい。(世の中には読みたくでも時間の無い人がたくさんいるはずなのだし)
書けないと散々悩んで、このブログでも愚痴ったけれど、
あれ以降も全くもって書けず、とりあえず読むほうに没頭してしまう日々。
ジュウジツ。フぅ・・・。(HGにあらず)
今日読んだのは柳田邦男著「犠牲(サクリファイス) ―わが息子・脳死の11日」。
読後感からなかなか抜け出せず、ミゾオチあたりにともすると吐き出しそうな
何というか、ジメッとした重苦しさを感じている。
気分が悪いわけではないのに、この喉元まで込み上げてくる感じは何だろう。
正直な状態を書いたけど、これじゃ、誤解されてしまうなぁ・・・。
この本は、ノンフィクションライターである柳田氏本人の、
息子との壮絶な死別の記録。
心の病を負っていた息子さんは、25歳で自死を図り、意識の戻らないまま脳死状態に陥る。
「死別」と書いたが、これは正しくない。
「死」はプロセスに過ぎず、いわゆる「別」も無かった。
むしろ、「絆」を深め、「生」を見つめた愛のある記録であった。
ただ死んでゆくのではない。「実在」したという確かな証しが素晴らしい変容を遂げて示された。
父と子の関係は、「死」というプロセスを経て、一層深まってゆく。尚、強く激しく成長してゆくものなのだった。
読書というのは本当に不思議なもので、一冊の本を読み終える度に、
次に読まんとする一冊を示される。そうしてたどり着いた本であった。
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超うらまやしい読書環境ですね。
それにしても随分重い本読んでますなぁ。
私もちょっと食指が動きました。
一冊の本を読み終える度に、次に読まんとする一冊を示される。って書いてますけど、なにかひらめくものがあるのですか?読めと言う天の声でもするのだろうか?
それから「となり町戦争」私も読んだけど、はぁ?って感じでしたよね。一応今年の直木賞候補にまではなったみたい。
すんぴたさん
「次に読まんとする一冊」は、そのものズバリが書いてあっただけなんですよ。この本の一冊前に、河合隼雄×柳田邦雄の対談集を読んでたんでした。で、次に読もうと思っているのが大江健三郎。「犠牲」の中で主人公が深く傾倒してたから興味が湧いて・・・。そんな感じでずるずると、エンドレス読書にはまってます。